広瀬川浄化センターのオゾン設備

広瀬川浄化センターのオゾン設備

今回は「杜の都・仙台市」の2つの浄水場に導入されているオゾン設備のひとつ市民憩いの広瀬川浄化センターを紹介いたします。こちらは震災では無事でしたが、日本最大の水処理設備を備える「蒲生浄水場(浄化センター)」は東北大震災で浄化槽がダメージを受け完全に停止しました。(浄水処理システムが復旧するまでに時間がかかりましたが、沿岸に程近い同じ場所で現在も元気に稼働中です)

杜の都の水辺・青葉城恋歌の舞台になった広瀬川にある広瀬川浄水センターができたのは

広瀬川浄化センターのオゾン設備
「広瀬川、流れる岸辺 思いでは帰らず」という懐かしのフレーズを思い出すご年配のかたもおられるかと思います。さとう宗幸さんのヒット曲「青葉城恋歌」は、地元のFM放送に寄せられた詩に5分で曲をつけ次の週に宗さんが放送で歌ったのが曲の原型だそうです。

この時代70年代はすでにオゾンの効力は知られており、オゾナイザーの試作品や製品はすでに登場していました。
映像にあるのは最近の広瀬川。美しい杜の木漏れ日と、ちょっと切ない思い出のプリズムはノスタルジックな心象としてはよいのですが、下水処理の整備が済む前の「本当の広瀬川」といえば、直球のドブ川そのものでだったようで、夏場には悪臭とメタンガスが発生し、水辺のビオトープのかえるちゃんがひっくり返ってプカプカ浮いていた、、という都市伝説まである因縁めいた川だったようです。学生時代、広瀬川に架かる「霊屋敷橋(おたまやばしと読みます、霊橋と2つの表記がある)」をバスで通過していたときには、新緑の木漏れ日の眩しさにやられ気がつきませんでした。しかしその当時はもうすでにオゾン設備も導入されており、試験的に放流されたアユの遡上も見られるほどになってたのです。

意外ですが仙台の下水事業は100年前から。大阪、東京に続き3番目のスタートダッシュでした

仙台市広瀬川浄水センター下水処理へのオゾン導入は平成5年(1993年)で同4月に稼働を始めました。下記の引用図で見ると、オゾンは最終沈殿ろ過後、放出前貯水槽での最終処理で登場します。第2ろ過水槽でオゾン処理することが多い他の地域との違いも面白いですね。

理由は緩徐自然ろ過ができるような清流ではなかったことがあり、オゾンのみでの汚濁、殺菌処理が難しかったことが伺えます。
出典引用:土木コンサルティング協会機関誌「Consultant」vol.212より

Q.なぜ広瀬川の浄水場にオゾン処理が採用されたのか?

A.それは河川の生態系に配慮したからです。淡水魚や両生類が暮らしていくためのビオトープにおける環境整備だったから。
B.国に下水処理施設の補助金を出すから「とりあえずやって」と言われたのでそれなりにやってみた。
C.偉い先生がオゾンの研究をされていたから。
D.市民がどうしても伝統の「芋煮会*¹」を広瀬川でやりたいと嘆願書を出したから。

さてどれでしょう?答えはもちろんA.ですよね。オゾンは水中曝気の方が絶大な殺菌効果を発揮するので大規模な水処理には向いていますし、何より水と気体になって分解、消失するのがよいところなのですから。

*¹芋煮会とは=もともと仙台の風物詩で秋の収穫を感謝して芋類(主にさと芋)をいれた豚汁のような味噌汁を各家庭で食べるような行事でした。近年では何故か川べりや芝生広場、キャンプ場などで大人数分の大鍋で豪快に作りみんなで食べるのですが、お見合いパーティーなどもどさくさに紛れてよく催されます。掟としてはバーベキューを併用するのは邪道又は禁止、おにぎりは女子が握って持っていく、などがある。ちなみに山形でも同様の行事があるが、こちらは醤油仕立てが基本、会社で行う場合、シーズンが近づくと仙台人と山形県民はメンチを切り合い殺伐とした雰囲気が社内を流れる。両県民がいる会社はまず大方揉める。緩和政策として「年度毎交代制」「じゃんけん3本先取制」などが施行される。(仙台市・広瀬川河川流域に関する芋煮4規則の条例より)

2、現在2号機導入前、オゾンランプはどうなったのか?

2020年の水銀灯、ランプの生産停止を受けて、2号機のオゾン水中曝気設備と施工工事の入札が今年の春に行われていたようです(現在2019年度)。おそらくは買いだめではなく、無声放電式の再埋め込みの予定ではないかと思われました。浄水放出量の変化が特になければ従来の水槽をそのまま使うと思われます。さて最新鋭の磁力線によるオゾンの威力はどのくらいでしょうか、興味がありますね。

仙台市の広瀬川に関する条例とオゾン浄水の取り組みについて

東北大震災前からオゾン導入は河川浄水に取り入れられており、杜の都の自然生態を守る必要性を考えオゾンは2ヶ所に導入されています。
仙台市での市民共有財産に関する条例として
「広瀬川の清流を守る条例」が昭和49年に制定、市長市民、企業それぞれの責務と遂行事項が掲げられています。その中にあるオゾンとの関わりは、水質基準はTOC3mg/リットル以下でなくてはいけないというところ。ビオトープの生き物が困らない自然に還せる水質であるということでオゾン処理が採用されたようです。そんな市民みんなが管理する川が広瀬川です。
(TOC3mgというのは、リットルあたりの有機性炭素全部の割合が3mg以下であれば淡水魚が息苦しくなく泳げる、酸素に困らない飽和限度という意味)

まとめ〜最近の小学生はオゾン見放題だそうで、、

近年では小学校の授業で『道徳』『学級活動』『倫理』などの時間が無くなり、その代わり「パソコンのプログラミング初級」「社会活動」にとって変わっているそうです。

「こちらは普通の夏休み子供教室の様子」
https://www.city.sendai.jp/keekikaku-shomu/kurashi/machi/lifeline/gesuido/gesuido/koho/2017kodomokikaku_2.html

「コップの水がもう半分しかない、ではなくてまだ半分もあるじゃない?考え方次第でポジティブになる」という危機管理もなにもない、脱水してても笑顔が大切的な弱いものに無理強いの情操教育はなくなり 「水の心配が要らないくらいのインフラを造り上げるスキルの構築」という大盤振る舞いの教育にシフトしているようです。(水飲み禁止のしごき部活は喉乾いたな~と昭和の教育を回顧してしまいますね)もちろん浄水場の(次回の蒲生浄化センターは一般の社会見学もできる施設です)オゾンの曝気設備見学も行われており、ちびっこたちは事前にタブレットによる遠隔教育他リアルタイム解説なども参照できる授業のようで至高の授業形態に驚愕です。(普段もマイiphoneでデータ無制限でゲームして遊んでる小学生がいててもう時代ですね)

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